思い出
〜私たちでなければ描けないもの〜
太田 利三
私の子どもの頃、車椅子はおろか福祉という言葉もない時代でした。私はムシロの上に乗って、右手でムシロのすみを持ち、左手を土の上におき、ヒョイと腰を浮かし、そのひょうしにグイとムシロを手前に引き・・・。するとみごとにムシロは前に進み・・・。
幼い私が自然に開発した移動方法でした。ムシロの行き先は、一匹のトカゲであったり、ノラ猫であったりするのですが、ムシロが行き着く前に姿をくらまし、残るのは砂ぼこりだけといったぐあいでした。
変化のない単調な人生の中で、絵に興味を持ったのはごく自然のことのように思います。音楽や文字でもよかったのですが、絵は資本金不用のように思えたのでしょう。
私は文章にも言葉にもならない思いの日々を積み重ねて、それでも人並みに成長していきましたが、困ったことに30才頃まで(東京で初の個展を開催する頃まで)本物の抽象画をも見る機会がなかったのです。井の中蛙を心配してか、ある日、兄が画家のアトリエを見学しようと誘ってくれました。
兄の背におぶさって、まず最初、町内で有名な日頃から尊敬奉っていた先生のアトリエをおずおずと訪問しました。作品は実に完全無欠。圧倒されるすばらしさに息を呑み、恐れおののき、我が才能を振り返り恥ずかしさに打ちひしがれるばかりでした。
次に県内で有名な先生のアトリエを訪れました。どうしたわけか作品はだいぶ崩れて見えて、「あ!これなら真似ができるかもしれない」と図々しく思い、内心ほくそ笑みました。
最後に訪問したのは、中央で大活躍している雲の上の大先生でした。驚くべきことに作品は、ますます崩れて見え、我が目を疑うばかりでした。その頃の私の幼稚な目には、町内の有名先生の絵よりも拙く見えたのですから弱ったものです。
あー、愚かな私を思いっきりお笑いください。深い精神を表現するために、深き芸術性の表現故に形態を思いっきり崩し、デフォルメしていることに気づかなかったとは笑止千万もいいところ。誠に恥ずかしく穴があったら入りたい思い出です。
話は飛躍しますが、今では自身も崩れきった絵の表現者である私は、昔見た、崩れて見えた絵の中に込められた魂のように、せめてせめて中身だけは精神的に健全にと願ったりして、願ったとはいえ、弱気人間のこと。毎日同じように愚かさを繰り返しつつ、過ごしている次第です。愚かさの60年です。
さて、生後7ヶ月でポリオにかかり、未就学の私にとって、あだ名こそまったく縁遠いはずのものなのに、生涯たった一度、それも短期間、あだ名らしきものがつきました。
子ども時代、画家に憧れ、賞状に憧れ、児童画展に出品し続けるもさっぱり入賞いたさない私でしたので、大人になっても絵に対して自信が持てず、絵は難しいものだと頑なに信じ、画家とよばれる人種をえらく立派なものと極端に尊敬していたのでした。
ある日の午後、前記の町内の尊敬してやまない有名先生が、今度はむこうから私を訪ねて来たから、さーたいへん。その頃の私は毎日、富士川堤防にすわり続け、ゴッホと同じ速度で毎日新作を創り続けていましたが、絵に対するひけめと恥ずかしさからか、作品を見せてとかがみこむ画家の目の前でキャンバスを裏返し、見せることを強く拒んでしまいました。
大きな悔いを残したこの事件の後、この画家は会う人ごとに「太田さんは謙遜家だ」と話し続けて、この噂が広まり、私はいつのまにか『謙遜家の太田さん』と呼ばれるようになりました。私のあだ名らしきものの苦い思い出です。
かように障害者は引け目に縛られていると思わざるを得ません。現在もそれは続いています。
さて、私の隣町に、47歳で大学院に入学する人がいます。「やくたいもない」と家族が反対したと聞きました。「やくたいもない」とは、ご存知かもしれませんが、くだらなくて役立たずの方言ですが、私ごとき重度の障害者も、よりよき人生を願って新しい可能性に挑戦しようとすると、「やくたいもない」と笑われることが実に多かったのであります。役に立つかどうかではなく、人生の質を願って挑戦でした。
絵を描く行為もまさにこうしたことの一つなのです。その上に、絵は感情や魂の成長も表現できます。苦しみが生み出した他の人に真似できない独自の芸術性さえ表現できるのですから、孤独な生活の中でたとえ収入にならなくても、これ以上のすばらしさはないと思い、描き続けてきました。それを支えてくれたのがアートビリティといえます。
バンザイ、アートビリティ!!
しかしながら、人間すべてが私も含め、外見で判断しがちの困った動物のようです。
外見・・・・。私自身も商店街で買い物に行ったおり、ショーウインドウの前に車椅子を寄せれば、おー!まぎれもない超一級の障害者の姿がそこに映っています。ガマ蛙が己の姿に油汗を流すごとく、背筋にすーと冷たいものが走ります。日頃、障害者としての意識もなく過ごしておりますから、己の姿が信じられず、たじろぐありさま。どんなに重度であれ、人間である以上、その与えられた状態の中でそれぞれより良く人生を過ごすことを願い、あえぎつつもチャレンジしていくものだと思います。
思うに障害とは、姿・形かもしれません。
「たいせつなものは、目に見えないものです」。サンテグジュベリ作・星の王子さまの有名な言葉です。私は、さまざまな目に見えないたいせつなもの、たいせつな心を、絵によって表現していくことに喜びを感じます。
優れた芸術作品にふれるたび、その見えない心に感動して生を肯定したくもなるし、いつか私も立派な作品をと思うのです。
見た目には確かな障害者でも、この心の表現は自由で、ある意味、私たちに与えられた特権です。この特権をおおいに利用して、私たちでなければ描けない絵を描こうではありませんか。闘争心と開拓者魂を燃え立たせてください。これが後輩の皆さまに贈る、私の拙い言葉です。
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